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イオンのクーロン結晶を用いた星間分子生成反応の研究

研究概要

    宇宙空間には星間分子雲と呼ばれる極低温(-263℃~-173℃)の分子の集合体が多数存在することが知られており、 その中では様々な化学反応が起きていると考えられています。分子雲がどのような進化過程を経ていくのかを知るためには、 個々の反応が起こる速さ(反応速度)を知り、それに基づいた理論計算の結果と天文観測の比較を行うことが必要です。 つまり極低温の環境で起こる化学反応を調べることによって、分子雲の進化を知るための貴重な基礎データが得られます。 当研究室では、イオンのレーザー冷却法とシュタルク分子速度フィルタ-と呼ばれる低速分子線生成装置を使って、 分子雲の進化を知るために必要となる反応速度データの測定を目標として研究を進めています。

低速分子線の生成

    気相の状態を保ったまま水やアンモニアといった極性分子を分子雲の温度まで冷却することは一般にとても困難です. なぜなら,このような極性分子の気体を真空容器につめて冷却すると,冷却された容器の壁に凝縮してしまうためです. しかし,極性分子の回転エネルギー準位に対するシュタルク効果を利用すれば,室温の極性分子の気体から 低速の分子だけを取り出すことができます.極性分子の回転準位はシュタルク効果によって分裂・シフトしますが, 電場の増加に伴ってエネルギーが増加する回転準位が存在します. このような準位にある分子はlow field seekersと呼ばれ,強電場中に進入するとエネルギー保存則によって並進運動エネルギーが減少し, 減速することになります. low field seekersは電場の弱い方向に力を受けるため,不均一電場によってトラップされることになります. この原理を応用して低速分子線を生成する実験装置がシュタルク分子速度フィルターです. 私たちの研究室では,シュタルク分子速度フィルターを使って,-263℃以下の低温の極性分子を作り出すことができます. このような低温の分子線を使って星間空間で起こるような低温のイオン-極性分子反応を調べます.

Experimental setup for reaction-rate measurements of cold ion-molecule reactions

極低温イオンの生成

    イオントラップに捕獲されたカルシウムイオンにレーザーを照射して極低温のイオンを生成します(レーザー冷却). 極限までレーザー冷却を行なうと,イオンは規則正しく配列した“イオンのクーロン結晶”と呼ばれる状態になります. 私たちはイオンのクーロン結晶を冷媒として,同時に捕獲した分子イオンを冷却します(共同冷却). このようにして,通常は冷却することができない分子イオンを数K程度の温度まで冷却することができます. さらに,レーザー冷却されたカルシウムイオンが発するレーザー誘起蛍光を利用すれば,CCDカメラなどを利用して, クーロン結晶に埋め込まれた極めて少数の分子イオンを単一粒子感度で検出することができます. この手法によって,イオン-分子反応で失われた分子イオンの個数を数えることができます.

星間分子生成反応の測定

    私たちの研究室では,シュタルク分子速度フィルターとレーザー冷却技術を組み合わせた 新しい低温イオン-極性分子反応測定装置を開発しました. 開発した装置を用いて,いくつかの星間分子生成の反応速度定数を並進温度10 K以下で測定することに成功しました. これまで殆ど手付かずの状態にあった低温でのイオン-極性分子反応研究に新たな道が拓かれたと言えます. 今後,広範囲にわたる並進・回転温度での系統的測定を行うことに加え, これまでに見出されていないような特異な温度依存性や量子効果をもつ反応系を発見することが目標です. 詳しくはこちらの文献を御参照ください.