Surface Science Laboratory of Sophia University

アナターゼ二酸化チタンの電子状態

アナターゼ二酸化チタンの電子状態


本項では、2012年にM2江森万里らが発表した下記論文の内容をご紹介します。

 

"Electronic Structure of Epitaxial Anatase TiO2 Films: Angle-resolved Photoelectron Spectroscopy Study"
Masato Emori, Mari Sugita, Kenichi Ozawa, and Hiroshi Sakama
PHYSICAL REVIEW B 85, 035129

 

【研究の背景】
 二酸化チタン(TiO2)は光触媒として実用化されている唯一の材料です。TiO2の安全・安定・安価という特徴は他のどんな材料も及ばないほど、実用的に優れたものです。

 

TiO2は結晶構造の違いから、アナターゼ型とルチル型に分類されます(図1)。光触媒としては、アナターゼ型がルチル型に比べて10倍程高い活性を示すことが知られています[1]。

 

図1. TiO2の結晶構造。(左)アナターゼ型、(右)ルチル型。

 

 

ルチル型とアナターゼ型の活性の違いは、理論的には両者の電子バンド構造や光励起キャリアダイナミクスの違いに起因すると考えられています。しかしアナターゼTiO2に関する実験研究はほとんど行われてこなかったため、アナターゼTiO2が高い触媒活性を示す原因は未解明のままでした。光触媒の更なる高効率化・高機能化を実現するためには、アナターゼTiO2における高触媒活性の起源を明らかにする必要があります

 

【現状の問題点と解決方策】
 アナターゼTiO2は低温安定相であるため、750℃程度で最安定相のルチル型に構造転移してしまいます[2]。すなわち、従来のような焼成法(試料を1000度以上の高温で焼成する方法)ではアナターゼTiO2のバルク結晶を得ることができません。そのような理由から、アナターゼTiO2の研究は主に粉末試料を用いて行われてきました。しかし粉末試料は結晶構造や結晶の配向性、粒径、組成などが均一でないため、物性を定量的に評価することが非常に困難でした。
 そこで本研究では、粉末試料の代わりにアナターゼTiO2の単結晶薄膜を作製して測定を行いました。単結晶薄膜は結晶構造や結晶の配向性が均一であるため、電子構造や物性の評価を比較的容易に行うことが可能です。

 

【研究目的】
 高活性光触媒の開発に向けて、アナターゼTiO2における高触媒活性の起源を解明する。

 

【研究方法】
*パルスレーザー堆積(PLD)法を用いて、LaAlO3(100)基板上にアナターゼTiO2 (001)薄膜を層状成長させた[3]
*角度分解光電子分光法(ARPES)により、アナターゼTiO2の電子状態を測定した

 

【本研究の特色と独創的な点】
*PLD法を用いたアナターゼTiO2単結晶薄膜の作成は、当研究室が開発した独自の技術である[3]。
*電子バンド構造を実験的に決定することで、アナターゼTiO2における高触媒活性の起源を解明した。

 

【研究結果】
 図2に示されているのは、ARPESスペクトルから作成した、アナターゼTiO2の還元バンドマップです。図2において、最も浅いPpバンドはG-M軸上でG点(Ebin = 4.3 eV)からM点(Ebin = 3.8 eV)へ右上がりの分散を示しています。Ebin = 3.8 eVより浅い位置にはどんな準位も観測されなかったことから、価電子帯の最大値はM点であることがわかります。伝導帯の下端がG点に位置している[4]ことを考えると、アナターゼTiO2は価電子帯のM点から伝導帯のG点へ遷移をする間接遷移型半導体であることが明らかとなりました。

 

 

          
図2. 実験により得られたアナターゼTiO2のバンド構造(プロット点)。実線はHybrid DFT法によって求められた理論バンド構造を表しています[4]。最も浅いバンドはG点(Ebin = 4.3 eV)からM点(Ebin = 3.8 eV)に向かって右上がりに分散し、M点で最大値をとっていることが見て取れます。

 

 

 TiO2の二つの結晶型において、ルチル型はG点での直接遷移をすることがすでに知られています[5,6]。ルチル型のような直接遷移型半導体では脱励起過程が非常に起こりやすく、光励起により生成した電子と正孔は即座に再結合を起こしてしまいます。一方、間接遷移型であるアナターゼ型TiO2の場合、電子と正孔の再結合にはエネルギーのやり取りに加えて運動量の変化が必要になるため、脱励起過程が比較的起こりにくいといわれています。光励起された電子の寿命がアナターゼ型で10 ns以上なのに対し、直接遷移をするルチル型では1 ns 程度にすぎないという報告もあります[1]。
 光励起により生成された電子と正孔の寿命は、光触媒活性と密接な関係があることがわかっています。光触媒活性におけるアナターゼTiO2の優位性は、アナターゼTiO2が間接遷移型半導体であることが原因の一つであると考えられます。

 

【論文・学会等】
Physical Review Bに論文を発表
PF Newsに解説記事掲載
■ 国際会議Pacifchem2010とISSS-6で発表
■ 国際会議ICESS-12ではBEST POSTER AWARDを受賞
■ 国内学会では応用物理学会、表面科学技術学術講演会などで発表
■ 第7回放射光部会シンポジウムでは本研究テーマで招待講演を務めた

 

[1] M. Xu, et al., Phys. Rev. Lett. 106, 138302 (2011).
[2] D. -J. Won, et al., Appl. Phys. A 73, 595-600 (2001).
[3] H. Sakama, et al., Thin Solid Films 515, 535 (2006).
[4] Y.-F. Zhang, et al., J. Phys. Chem. B 109, 19270 (2005).
[5] S.-D. Mo, et al., Phys. Rev. B 51, 13023 (1995).
[6] M.-Y. Kuo, et al., J. Phys. Chem. B 109, 8693 (2005).

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