光のアンダーソン局在の直接観察

 

酒井 優*・猪瀬 裕太**・大槻 東巳**・江馬 一弘**・岸野 克巳**

 

* 山梨大学 大学院医学工学総合研究部 先端領域若手研究リーダー育成拠点  400-8511 山梨県甲府市武田4-3-11

** 上智大学 理工学部 機能創造理工学科  102-8554 東京都千代田区紀尾井町7-1

** 科学技術振興機構 CREST

 

 

Direct observation of Anderson localization of light

 

Masaru SAKAI*, Yuta INOSE**, Tomi OHTSUKI**, Kazuhiro EMA**, and Katsumi KISHINO**

 

* University of Yamanashi, 4-3-11 Takeda, Kofu, Yamanashi 400-8511

** Sophia University, 7-1 Kioi-cho, Chiyoda-ku, Tokyo 102-8554

** CREST, JST

 

E-mail: sakaims@yamanashi.ac.jp


synopsis

 

In a random medium, the combination of light scattering and optical interference induces localization of light. This phenomenon is called Anderson localization which is widely observed in electron systems. In this article, we present the direct optical observation of Anderson localization of light using GaN nanocolumn samples by near-field scanning optical microscopy. We also present another experimental study of localization effect called random lasing. We have measured three GaN nanocolumn samples with different filling fractions and investigated the dependence of the lasing property on the random configurations of nanocolumns. The results of numerical calculations based on a finite-difference time-domain method are also presented.

 

 

 

Key words: Anderson localization of light, random laser, GaN nanocolumn
和文要旨

 

光の散乱体がランダムに配列したランダム系では,光は多重散乱と干渉効果によって光のアンダーソン局在を生ずる.またこのような系が利得を有する場合,ランダムレージングが発生する.本稿では,光のアンダーソン局在の基礎および,GaNナノコラムと呼ばれる窒化物半導体ナノ結晶の集合体を用いて筆者らが行った,近接場光学顕微鏡を利用した光のアンダーソン局在の直接観察やランダムレージングの実験結果を紹介する.


光の散乱体が空間的にランダムに分布した媒質では,散乱体の大きさや密度などの条件が整うと,多重散乱と干渉効果によって光の局在が生じる(図1).この現象は,“光のアンダーソン局在”と呼ばれているが,この名前の由来は電子系での不均一ポテンシャル中における波動関数の局在現象,アンダーソン局在にある.そこで本稿では始めに,アンダーソン局在の理論の基礎について簡単に解説する.続いて,光のアンダーソン局在の実験的研究について紹介する.光のアンダーソン局在の観察には,これまでは後方散乱の角度依存性による統計的評価などが行われてきた.しかし,実際に媒質中の局在する領域を観察するようなアプローチでの報告例はなかった.筆者らは,GaNナノコラムと呼ばれる窒化物半導体ナノ結晶集合体と近接場光学顕微鏡を用いて, 2次元ランダム媒質中に光が局在する様子を直接観察することに成功したので,その概要を説明する.次に,特徴的な光の局在現象であるランダムレージングについて紹介する.光のアンダーソン局在が生じるようなランダム媒質が利得を有する場合,局在した光が作り出す微小ループにおいてレージングが生じ,ランダムレージング(またはランダムレーザー)と呼ばれる現象が観察される.筆者らは,GaNナノコラムにおいてランダムレージングを観察し,数値計算で得られた局在効果のサンプル依存性との関係を明らかにしたので,その概要を説明する.最後に,今後の展望について述べたい.

 

1.   アンダーソン局在

位置や形状などがランダムなポテンシャル中を進む電子は,干渉効果から局在する可能性がある.これはアンダーソン局在1)と呼ばれ,半導体や金属における輸送現象で盛んに研究されてきた.この局在現象は,斥力ポテンシャルだけでも束縛状態が形成されるという意味で特異な現象である.その本質は電子が波であることと散乱体がランダム性を持つことである.よって,アンダーソン局在はランダムな媒質中を伝搬する波動すべてで起こりうる.事実,音波2),マイクロ波3,4),光5-12),ボーズ-アインシュタイン凝縮による物質波13,14)において,アンダーソン局在が観測されている.

もし物体が波動性をもたないと,ランダムな散乱体により物体はランダムウォークを行い,その分布関数は拡散方程式に従う.そのとき,拡散定数は定性的に以下のように見積もられる.物体は平均時間ごとに1回散乱される.1回に進む距離(平均自由行程)は程度である。秒間には散乱は回生じる.散乱されて飛んでいく方向はでたらめなので,各方向への散乱のほとんどは打ち消し合ってしまい,程度のみ,ある方向に散乱されると考えられる.この時、原点からの距離(拡散長)はと評価できる.拡散定数は拡散長からと定義されるので,

                                                       (1)

となる.このように,拡散係数は平均自由行程 l が0にならない限り消失しない.

しかし実際には,不純物の強さや濃度を上げていくと,l が有限のところで拡散係数は0になるのである.波がランダムな散乱体の中に入っていくと,複雑な干渉が起き,定在波が生じることがある.海辺にテトラポッドがおいてあると,波が散乱されて浜辺に到達できなくなることを想像すれば,これは容易に理解できる.

これを1次元で具体的に見てみよう.図2に示すようなランダムに配置された散乱体の中を進む波を考える.散乱体の透過係数を,反射係数をとする.逆側からの透過,反射にはをつけることにする.散乱体のエネルギー反射率は,透過率はであり,散乱体は吸収がないものとして,が成立する.ここで,2個の散乱体を通過したときの透過率を考える.まず,波動性がない(すなわち干渉がない)ものとして,単純に多重散乱の効果を考えれば

                        (2)

となる.この結果を,個の散乱体を通過した後の透過率に拡張するために,の漸化式を作ると,数列の問題としてを求めることができる.結果を示すと

                                                       (3)

となり,透過率はに比例してゆっくり減少することがわかる

次に,干渉の効果を考慮して 2個の散乱体を通過した後の透過係数を求めると

                            (4)

となる.ここで,は散乱体間の往復の位相の変化である.透過率

                                         (5)

となり,当然ながら,良く知られたファブリーペロー干渉計の透過率と同じ形になる.ここで,に反射の際の位相の変化も加えたものである.この結果をに拡張するために,(5)式の対数をとると

                                    (6)

が得られる.先ほどと同様に,の漸化式を作って考えると,

                       (7)

となる.散乱体はランダムに配置しているので,に関するランダム平均

                                (8)

を用いると,

                                              (9)

が得られる.ここで,とおいた.これより,

                                                     (10)

が得られる.つまり透過率は散乱体を増やしていくと指数関数的に小さくなる.このような指数関数的減衰が現れると,普通の吸収や散乱による波の減衰と同じことを言っていると思われるかもしれないが,状況は全く異なる.波が減衰してなくなるのではなく,透過率が指数関数的に減衰しているので,散乱体を増やしていくと全部反射されるようになるのである.すなわち,波は伝搬することができずに局在する.波動性を無視すると透過率はに比例してゆっくり減少するので,このような局在は起こらない.このように,波の干渉効果で波動が指数関数的に局在することが,アンダーソン局在の本質である.この1次元での波動の局在現象は古くから導波管の理論で知られているが15,16),最近ではボーズ-アインシュタイン凝縮した物質波において実際に観測され13),再び注目を集めている.

では2次元,3次元ではどうなるであろう?これに答えたのがスケーリング理論17)である.スケーリング理論によれば,2次元以下ではすべて局在,それより上の次元では局在-非局在転移が起こることが知られている.筆者らが扱うGaNナノコラムは,アスペクト比の高い柱状結晶を2次元的に配列したものであり,こうした局在現象が十分観測しうると考えられる.

 

2.   光のアンダーソン局在の直接観察

アンダーソン局在1)は波動現象そのものであることから,電子のみならず光子においても局在化が起きることが予測され18),スピンやクーロン相互作用で乱されないという光子の特徴によって,アンダーソン局在の詳細な研究が可能になることが期待された. 1980年代半ばより,光のアンダーソン局在の実験的研究として後方散乱の角度依存性の観察が数多く行われたが5-10),これらは局在の兆候を統計的に評価するに留まっていた.近年,マイクロ波の領域において柱状の散乱体をランダムに配置した2次元系での電磁波の空間的な局在・拡散の観察や4),物質波において1次元系における局在の指数関数的減衰の観察が報告されているが13),光の領域では局在状態を直接的に観察するような研究はこれまで無かった.筆者らは,GaNナノコラムと呼ばれる窒化物半導体ナノ結晶集合体と近接場光学顕微鏡を用いて, 2次元ランダム媒質中における光局在の直接観察を行ったので,その詳細を述べる.

GaNナノコラムは,rf-MBE法によってシリコンまたはサファイア基板上に自己組織的に成長する直径約100nm,高さ約1mmの窒化物半導体の柱状結晶である19).図3(a)に電子顕微鏡(SEM)による鳥瞰SEM像を示す.歪みや貫通転位が無いことから優れた光学特性を有し,強励起下における発光観察では誘導放出も観察されている20).GaNナノコラムは基板面に垂直に成長し,面内ではランダムに配列しており,そのアスペクト比が10以上と大きいため,2次元ランダム系として光の局在効果が期待される.GaNは360nm付近に発光ピークを持つため,GaNナノコラムを誘電体柱の集団として扱うには,これより長波長の光を照射すればよい.一方,照射光の局在化の観察には,光の回折限界よりも高い分解能を有する近接場光学顕微鏡の利用が適している.近接場光学顕微鏡のプローブには,大きく散乱型と開口型の2種類があるが,散乱型プローブはプローブ先端が先鋭化しているため,プローブ先端がナノコラムのすき間に入り込んで局在状態を変えてしまう可能性があるため,局在光の観察には向かない.そこで本研究では,開口型の近接場光学顕微鏡を使用した.しかし,開口型プローブを用いた場合,サンプル裏面から照射光を当てる配置になるため,照射光の透過光がプローブに入って非常に大きな背景光となり,微弱な局在光の測定が出来なかった.そこで我々は,局在光を別の波長に変換することで高感度に局在状態を観察することを試みた.

本研究では,GaNナノコラム上部にさらにInGaN単一量子井戸(SQW)を成長させたサンプル(InGaN/GaNナノコラムと呼ぶ)を用いた.図3(b)に本研究の実験で使用したInGaN/GaNナノコラムの正面SEM像,図3(c)に模式図を示す.InGaN-SQWの厚さは約5nm,その上のバリア兼キャップ層の厚さは約20nmである.InGaNの発光波長は450〜650nmの可視域にあるため,450nmよりも短波長の光を照射してGaNナノコラム中で局在が起きれば,照射光が局在した領域でのみInGaNが励起されて発光する.局在の強弱がInGaNの発光強度に反映されるため,InGaNが局在状態を映し出すアンテナとして機能することが期待される.なお,InGaNの発光波長はIn組成の増加に伴って長波長化するが,InGaN-SQWのIn組成はGaNナノコラムの太さや先端形状に依存してコラム1本1本で異なるため,InGaN/GaNナノコラム集団のマクロな発光スペクトルは可視全域に渡るほどブロードである.

光学測定に使用した開口型近接場光学顕微鏡の模式図を図4に示す.測定は,開口プローブを集光に用いる局所集光モード(Collection mode)配置で行った.励起光源には波長402nmの半導体レーザーを用い,対物レンズを用いてサンプルの裏面から照射した.開口プローブは,コア径2mmの光ファイバーを弗酸エッチング法によって先鋭化したものに,金薄膜を蒸着して開口を形成することで作製した.図4右に開口プローブ先端のSEM写真を示す.開口プローブで集光した光は,照射光の透過光をフィルターでカットした上で,InGaNの発光計測した.測定に使用したプローブの開口は直径約100nmで,シアフォースでフィードバック制御された開口-サンプル間の距離は約10〜20nmである.近接場光学顕微鏡の測定ではプローブを走査して測定することが多いが,本研究では照射光と開口プローブの位置関係が変わらないように,サンプルを走査してイメージング測定を行った.

実験では,6mm×6mmの領域について150点×150点で分光測定を行った.各点におけるスペクトルの積分強度を対数でグレースケールにしてイメージ化した結果を図5に示す.黒い部分は発光強度が小さく,白い部分ほど強い.InGaN/GaNナノコラムはサンプル表面一面に形成されているにもかかわらず,発光が強い領域が非常にまばらであることがわかる.この結果は,光の局在の様子が観察されていることを期待させるが,InGaNの発光強度のばらつきを見ている可能性も考えられる.そこで,各点において測定されたスペクトルデータから得られる発光分布を統計的に処理することで評価を行った.

ランダム媒質中の発光強度の空間分布について,それが多重干渉効果に由来するものなのか,あるいは単なるランダムな発光体からの発光の足し算なのか,の区別は,各点において測定されたスペクトル強度が,電場の重ね合わせなのか,発光強度の重ね合わせなのか,に置き換えることが出来る.そこで,もしN 個の発光体がランダムに配置していて,それらの発光強度もランダムであれば,ある点での発光強度は,

                                                  (11)

となり,これらは確率変数なので,中心極限定理より確率分布は,

                               (12)

のようにガウス分布(正規分布)となる.ここで,は発光体の発光強度の揺らぎ,は発光体の発光強度の期待値を表す.一方,多重散乱による干渉がある場合,ある点での電磁波の振幅は,

                                                 (13)

となり,同じく中心極限定理より,

                                      (14)

となる.ここで,は波の振幅の期待値だが,波の振幅の位相がランダムであることからである.発光強度は振幅の二乗に比例する()とすると,

                                        (15)

であるから,多重干渉効果がある場合は,

             (16)

のいう形となる.これらの分布をグラフにすると,図6のようになる.干渉効果が無い場合(図6(a))は,分布はある平均値を中心とした正規分布で,グラフの形状は常に“上に凸”となるという特徴を持つ.一方で干渉効果がある場合(図6(b))は,分布はから単調減少する“下に凸”な形状を特徴とする.すなわち,実験で得られた発光強度の確率分布を調べてその形状を評価すれば,それがランダムな発光体に起因するのか,あるいは多重干渉効果によるものなのかを判断できる.

図7(a)に,図4で得られたデータの全領域の積算スペクトルと,450nmから650nmまでの50nm毎について,全領域の各点からその波長だけを切り出したときの強度のヒストグラムを示す.ヒストグラムを見ると,5つの全ての波長において“下に凸”の形状をしていることがわかる.すなわち,図6の議論を当てはめると,実験で得られた発光の振る舞いは多重干渉効果によるものであると考えられる.比較のために,サンプルとしてInGaN-SQW薄膜を利用して同様の近接場光学顕微鏡による測定を行った.ランダムなナノコラム構造を持たない薄膜の場合は,多重干渉効果が生じないためヒストグラムの形状は異なってくるはずである.測定結果を図7(b)に示す.InGaN-SQW薄膜の場合は,ヒストグラムの形状は全てが“上に凸”となっていることが見てとれる.以上より,図5で得られた結果は,ナノコラム間の光の多重干渉効果によって生じた光の局在を観察したものであることが確かめられた.

この結果をさらに確実なものとするために,我々は異なる波長を照射した場合の局在状態の比較を行った.もし照射光の局在が現れているのであれば,同じ観察領域を励起した場合でも励起光の波長が異なれば局在する領域が違ってくるため,異なる発光イメージが得られるはずである.2種類の励起光を用意して行ったInGaN/GaNナノコラムの近接場光学顕微鏡観察の実験結果を図8に示す.励起波長が(a)402nmと(b)375nmのそれぞれ場合について,各点における発光強度を対数グレースケールでイメージ化した.白い○印の部分の発光強度を比較してみると,片方は402nm励起においてのみ強く発光し,もう片方は375nm励起においてのみ強く発光していることがわかる.これは励起波長の違いによって局在状態に違いが出ていると考えるほかなく,これらの結果より我々はInGaN/GaNナノコラムにおいて光の局在の直接観察に成功したと結論付けた.

 

3.   ランダムレージングの観察

光の局在が生じるようなランダム系が利得を有する場合,局在した光が作り出す微小ループにおいてレージングが生じ,ランダムレージングまたはランダムレーザーと呼ばれる現象が観察される21).ランダムレーザーの実験的観察は,初期は散乱体を分散させた色素溶液中において報告され22),その後ランダムに分散させたZnO微粒子23,24),ZnOナノロッド25),GaAsN 26),GaAs 27),SnO2 28),ZnSe 29)などの半導体ナノ結晶においても報告されている.一方,ランダムレーザーという物理現象に対しては,フォトン統計30),カオス的振る舞い31),モード解析32)などが研究されてきた.しかし,ランダム系のパラメータとランダムレーザー発振を,実験と数値計算の両面から比較・検討するような研究はこれまで行われてこなかった.筆者らは,パラメータの異なる複数のGaNナノコラムを用いた光強励起測定においてGaNとして初めてランダムレージングを観察し,数値計算結果との比較より光局在との関連性を調べたので,その概要を説明する.

実験に用いたサンプルは自己形成GaNナノコラムで,図3(c)でのInGaN-SQW層を含まないタイプである.光強励起測定では,励起光源にNd:YAGパルスレーザーの3倍波(中心波長: 355nm,パルス幅: 5ns,繰り返し: 20Hz)を用いて,レンズを用いて集光しサンプルの上面に照射した.サンプルからの発光スペクトルの測定にはマルチチャンネル分光器を用い,励起パルスの繰り返しに同期させて1パルス毎のスペクトルを計測した.光学測定は全て室温で行った.

実験に用いた3種類のサンプルのSEM像と光学測定結果を図9に示す.Sample-1,Sample-2,Sample-3のコラム充填率はそれぞれ0.27,0.45,0.58である.光学測定結果は,発光スペクトルの励起密度依存性を示している.コラム充填率が0.27と最も低いSample-1では,励起密度によるスペクトル波形の大きな変化はなく,全ての励起密度において自然放出光によるブロードな発光が観察された.続いて,Sample-2では,励起密度が最も低いときには自然放出光が観察され,励起密度を上げていくと自然放出光の中にランダムレージングによる発振スペクトルが観察された.ランダムレージングは,励起密度が低いときは短波長側から立ち上がり,励起密度を上げるにつれて長波長側にシフトしながら発振の数が増えることが確認された.最後に,Sample-3でも,励起密度が最も低いときには他のサンプル同様に自然放出光が観察された.励起密度を上げると368nm付近から太いピークが立ち上がり,励起密度を上げるにつれて幅が太くなり長波長側にシフトしていく様子が確認された.これは,電子正孔プラズマからの発光であると考えられる.以上のように,光強励起測定においてはSample-2でのみランダムレージングが観察された.ランダムレージングの発生には,ランダム系のパラメータの違いによる光の局在効果の違いが寄与していると考えられる.そこで,実験で使用した3サンプルにおける光の局在効果の違いを数値計算で確認し,実験結果と比較した.

数値計算は,2次元の時間領域差分法(Finite-Difference Time-Domain method; FDTD法)で行った33).特徴的なのは,GaNナノコラムの配置に,実験で使用したサンプルのSEM画像を元にコラムの有無で2値化したビットマップを利用している点である.GaNと空気の比誘電率はそれぞれ7.29,1.00とし,5mm四方の正方形領域をセルサイズ5nm四方で分割,境界条件にはPML吸収境界条件を導入した.計算では,光パルス(中心波長365nm,パルス幅14fs)を領域中央に入射し,領域内のエネルギーが拡散によって減衰していく様子のシミュレーションを行った.入射パルスが入り終わった時刻を0psとし,その時点でのエネルギーで規格化した領域内の全エネルギーの時間変化を図10に示す.時刻2.0psにかけての拡散の様子をサンプル間で比較すると,Sample-1が最も光エネルギーの拡散が大きく,Sample-2が最も光エネルギーの局在が大きいという結果が得られた.実験でランダムレージングが観察されたサンプルがSample-2のみであったことを思い出すと,この計算結果によって,ランダムレージングは光の局在が大きな系において起きるということが裏付けられた.

 

本稿では,光のアンダーソン局在や特徴的な光局在現象であるランダムレージングについて,自己形成GaNナノコラムを利用した光学観察結果を中心に述べた.光のアンダーソン局在については,近接場光学顕微鏡によって観察されたまばらな発光分布について,統計的解析による干渉効果の確認と,異なる励起波長での測定結果の相違から,光局在の直接観察に成功したと結論付けた.一方,ランダムレージングについては,レージングの充填率依存性と数値シミュレーションの比較から,光局在とランダムレーザー発振の相関を明らかにした.

本稿では割愛したが,筆者らは最近GaNナノコラムの選択成長技術を確立し,任意の配置でのナノコラム集団の作製を実現している.この技術を導入して人工的にランダムに配置したGaNナノコラムのサンプルでも,ランダムレージングの観察に成功している.この技術を用いれば,系のサイズを有限にした場合の光局在状態の変化や,フォトニック結晶に任意のレベルでランダム性を加えた場合の特性評価など,これまで数値シミュレーションでしか行うことが出来なかった光局在現象などの解明を実験的に行うことが可能となる.光局在の物理を明らかにする基礎研究から,ランダム系の応用利用へ向けての研究など,幅広い方向性で新しい成果が得られることが期待される.

本稿で紹介した研究成果の中で,近接場光学顕微鏡の利用では慶應義塾大学・斎木敏治教授にご協力いただいた.またGaNナノコラム,InGaN/GaNナノコラムのサンプルの準備にあたっては上智大学・菊池昭彦准教授,関口寛人氏(現 豊橋技術科学大学)にご協力いただいた.これらの方々に心よりお礼を申し上げたい.


文   献

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30)H. Cao, Y. Ling, J. Y. Xu and C. Q. Cao: “Photon statistics of random lasers with resonant feedback,” Phys. Rev. Lett., 86 (2001) 4524-4527.

31)S. Mujumdar, V. Turck, R. Torre and D. S. Wiersma: “Chaotic behavior of a random laser with static disorder,” Phys. Rev. A, 76 (2007) 033807.

32)K. L. van der Molen, R. W. Tjerkstra, A. P. Mosk and A. Lagendijk: “Spatial extent of random laser modes,” Phys. Rev. Lett., 98 (2007) 143901.

33)Y. Inose, T. Ohtsuki, H. Kunugita, K. Ema, M. Sakai, A. Kikuchi and K. Kishino: “Anderson localization of light in a configuration of nanocolumns,” J. Phys.: Conf. Ser., 193 (2009) 012055.


Figures:

 

1 2次元ランダム系における光の局在の模式図.

 

 

2 1次元的にランダムに配置された散乱体の模式図.

 

 

3 (a)自己形成GaNナノコラムの鳥瞰SEM像,(b)InGaN/GaNナノコラムの正面SEM像,(c)InGaN/GaNナノコラムの模式図.

 

 

4 近接場光学顕微鏡を用いた光学測定系の模式図.右は開口プローブのSEM像.

 

 

5 近接場光学顕微鏡によるInGaN/GaNナノコラムの発光イメージ.白い領域の発光強度が著しく強い.

 

 

6 ある点における発光強度が,(a)発光の強度の和である場合((12)式)と,(b)発光が干渉を有する場合((16)式)における確率分布の形状比較.干渉を有する場合は,グラフの形状が“下に凸”となる.

 

 

7 測定結果より得られた,(a)InGaN/GaNナノコラムと,(b)InGaN量子井戸の光強度のヒストグラム.ナノコラムの場合のみ,グラフの形状が“下に凸”となり干渉の効果が現れていることがわかる.

 

 

8 励起波長が(a)402nm(b)375nmの時の,近接場光学顕微鏡による同一領域の発光イメージの比較.○印の部分のように,励起波長によって発光強度が異なる部分があることがわかる.

 

 

9 実験で使用した3つのサンプルのSEM像と,光強励起実験における発光スペクトルの強度依存性.(b)Sample-2においてランダムレージングが観察された.

 

 

10 FDTDによる領域内エネルギーの時間変化の計算結果.Sample-2(実験でランダムレージングが観察されたサンプル)において光の局在が最も強いことがわかる.